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木村花野子の歩一歩(ほいっぽ) ~今日も前をみて~ vol.1

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RinC(リンク)チームに所属する「木村花野子」。

本取材では、広報部 真田が店舗に関する業務を担当している木村へインタビューを行った。

木村の入社前の取材が収録された「人生は物語」はコチラ

今回vol.1での取材は、弊社直営店舗のRC南船場店で行った。





真 
所属されている部署とどんな事をされているか教えて下さい。


 木
RinC(リンク)チームに所属していて、主に店舗の販促がメインにやっています。
あとは店舗開発を担当しています。


真 
RinC(リンク)チームのリンクっていうのはどういう意味があるんでしょう?


 木
RegettaCanoe(リゲッタカヌー:以下RC)のRとCの頭文字を取ったRCサポートチームっていう名前で販促部門が立ち上がったんですけど。


 木
お客様と店舗を繋ぐっていう意味と、店舗と本社を繋ぐっていう意味です。
繋ぐ=リンクするっていう所とかけてて。
リンクは、頭文字が本来はLでLINCなんですけど、それやったらRCということで。
LをRにかえて、RのなかにINしてるっていうことでRinC(リンク)としました。


真 
パートナーショップ(以下PS)に対して、お仕事的にどういう作業をされてるんですか?


 木
新店オープン時に店舗の視察、そして受注会時の対応です。


真 
RinCチームは木村さんが引っ張っているイメージがあるんですが?


 木
私、気づいたらやっちゃうタイプだと思うんです(笑)。
自分も昔は現場に立ってて、新規客にどうやってブランドを知って頂こうとか、入店頂けるかとかっていうのを一緒に悩んだ時期もあったからこそ、今はこうやった方が良いんじゃないかとかアドバイス入れたり、やってみて失敗を解消してもらったりとかを伝えてますね。
商品を広めるっていう所を大事に進めてます。


真 
総務部時代から、店舗運営に移動するまで短かったと思うんですけど?


 木
約7か月位ですかね。
総務部所属の時に、店頭に立つっていうのが決まってました。
店舗に立ちたいなぁ、やりたいなぁっていうとした所から始まったんですけど。


真 
そして本格的に木村さんは店舗担当に移っていくんですね?


 木
そうです。
私も本当に素人だったんで。
当時、取引先の伊丹・カヌートリコが専門店(PS)第一号だったんで、お願いしてあちらのお店の店頭立たせてもらえないかとお願いしました。


真 
南船場店の店舗内を作っていくのはどうでしたか?


 木
この店舗はゼロから進みました。
何も無い所から作られていくのを振り返ると凄い面白かったです。
商品や備品等運び込まれて、備品を買いに行ったりとか。


真 
店内の什器は?


 木
その時は社外のデザイナーにお願いして決めてました。
その方が「こんな感じで」って、色々とイメージの図を広げて伝えて下さるんですね。
凄く憶えています。


真 
どんな感じで進んでいき、仲間が増えていったんですか?


 木
えっと、まず店長を決める話なんですけど、薄っすら「誰がやるのかな、でもこの感じやったら私やるしかないのかな」って思ってたんですけど。
これから皆でやっていきましょうって周りが話してる中で「自分自身も何か重たいものを背負わしてほしい」と言った憶えがあるんですよ。…で、暫定店長(笑)。
そこから、デリバリーの方のお知り合いでゆり子ちゃん(古賀さん)から手伝いたいという声を貰って、メンバーに入りました。
 木
最初にビラ配りをする事がありまして、色々な方が交代で手伝いに来てくれてたんですよ。 
そんな中で德重さんが2日連続できたんですね、で、そっからうちの店舗に配属が決まりまして(笑)。
 木
南船場店は2013年4月10日にグランドオープンしまして、オープン前に関係者お呼びして内覧会やらさしてもらって。
そんなことやった事なかったんで、レセプションパーティーっていう名前は変えて内覧会という名前にしたんです。


真 
3人のチームワーク的には、どんな感じだったんですか?


 木
ゆり子ちゃん、20歳そこそこの子が凄いフォロワーシップがある子で。
德重さんも販売経験があって、元々RCのサンダルも取り扱ってくれてたみたいで。
私が店長やからっていうのを凄く尊重してくれてて。
なので、良いフォロワーに凄い恵まれてたなっていうのが未だに思いますね。


真 
売上以外に大事にされてた事憶えてはりますか?


 木
自分に出来る事とか、店長ってなんだろうって思った事があって。
今まで会社は自分で考え行動するって大事にされてたと思うし、意見も聞いて頂ける事が多かったんですけど、会社から「店長ってこういうもの」っていうのは教えられてないんですよね。
こうフワっと暫定店長。

その中で、大事にしてるのはお客さんと何処まで楽しく話せるかっていうのがあって。
お客さんの話とか、商品だけじゃない、色々の話、そういうのを大事にしてました。
未だにやっぱり、顧客さんでも私の時代から来て下さってる方もいらっしゃったりします。
凄い嬉しいですよね。
 木
うちにはエースになるゆり子ちゃんがいて、接客上手な德重さんがいてくれて。
そのスタッフの環境をしっかり整えたりとか、働きやすくするのが店長じゃないかなって思ってました。




ロングバージョンはコチラ






 
所属されている部署とどんな事をされているか教えて下さい。


 
RinC(リンク)チームに所属していて、主に店舗の販促がメインにやっています。
あとは店舗開発を担当しています。




真 
入社されてからの経緯を教えて下さい。


 
企画部で入社し総務部に移り、店舗運営をさせてもらい、当時、どんどん増えていったRC専門店のサポートをするというところからRCサポートという名の部署、今のRinC(リンク)チームに移りました。


真 
RinC(リンク)チームと仰られたんですけど、RinC(リンク)チームっていうのは造語か何かですか?




 
そうです、RegettaCanoe(リゲッタカヌー)のRとCの頭文字を取ったRCサポートチームっていう名前で販促部門が立ち上がったんですけど。
で、その後ミーティングをした時に、皆で考えようかってなって、その中から幾つか出したのがRinC(リンク)チームですね。


真 
RinC(リンク)チームのリンクっていうのはどういう意味があるんでしょう?


↑取材当日の勤務スタッフと談笑する木村(真中)


 
お客様と店舗を繋ぐっていう意味と、店舗と本社を繋ぐっていう意味です。
繋ぐ=リンクするっていう所とかけてて。
リンクは、頭文字が本来はLでLINCなんですけど、それやったらRCということで。
LをRにかえて、RのなかにINしてるっていうことでRinC(リンク)としました。


真 
RinC(リンク)チームになってもRCのサポートをしていくみたいな?




 
その頃パートナーショップ(専門店※以下:PS)がどんどん増え始めてて、取引先さんにどうやってアプローチをして、どう商品を広げていったら良いのかっていうので、カタログの撮影だったりとか、そういう販促物をお渡ししたりPSのサポートっていうのをメインに最初の頃やっていました。

うちの商品を取り扱って下さる販売会社さんに対して、新しい商品を見て頂く機会を設けてるっていう、仕入れてもらうっていう場の受注会の準備だったりとか。
並行してやってた感じですね。

※パートナーショップとは?
RCの屋号で出展頂いている取引先様のショップ。販売協力店舗。




真 
PSに対して、お仕事的にどういう作業をされてるんですか?


 
新店オープン時に店舗の視察、そして受注会時の対応です。
現場案内は営業部がやってくれているのでその業務以外の事をやっています。

過去の受注会時にあるPSの販売会社からこんなアドバイスを貰ったんです。
PSの販売会社さんが来られた時に、名刺をお渡しするじゃないですか、その為の時間ていうのも、やっぱり限られた時間で受注会に来て頂いているので、「その限られた時間で話をするんじゃなくてもっと色々な店舗(現場)に行って下さいよ」って話をされたんです。
貴重な時間を使って受注会に来て頂いているPS側に寄り添えてたのかなと反省しました。

あちらの方は小売りのプロじゃないですか?
小売りのプロの方々に何かをお伝えするとかおこがましいんで。
たかが何年か、店舗に立っただけで、そこまでのお話しできる立場に無いので、ていうのが受注会の時に思って。


真 
なるほど。


 
確かに相手の事知らないのにリゲッタはこうやって欲しい、ああやって欲しいっていうのは、ちょっと違うんじゃないかって。
それから全部、店舗を見に行きたいなと思うようになりまして。
なんとかPSの全店舗ほぼほぼ周りました。

何がやれたかって正直私も自信持って言えないですけど関係性作りを考え進めてました。




真 
関係性作りをやって下さったんですね。


 
そうですね。
自分たちの足場を、3店舗になったからこそ固めないといけないんじゃないかと。
ノウハウも得ることも出来たし、考え方も変わる事が出来ました。

後、当時は直営店もPSの売上まとめてました。


真 
RinC(リンク)チームは木村さんが引っ張っているイメージがあるんですが?




 
私、気づいたらやっちゃうタイプだと思うんです(笑)。
自分も昔は現場に立ってて、新規客にどうやってブランドを知って頂こうとか、入店頂けるかとかっていうのを一緒に悩んだ時期もあったからこそ、今はこうやった方が良いんじゃないかとかアドバイス入れたり、やってみて失敗を解消してもらったりとかを伝えてますね。

現場のスタッフっていうのが一番主役になるとは思うので やってもらうっていうのが結構大変ですけど会社としては商品を広めるっていう所を大事に進めてます。

後、社内の会議も手掛けてますが、こうフワッと喋ってるだけかもしれないんですけど、そういう中で情報共有するのって大事かなと思ってます(笑)。
決められた時間でそういうのが出来てるのが大事なんじゃないかなと思う事は多いですね。


真 
総務部時代から、店舗運営に移動するまで短かったと思うんですけど。
期間的にどんなもんですか?


↑RC南船場店オープン時の木村


 
約7か月位ですかね。
総務部在籍中に、店頭に立つっていうのが決まってました。

店舗に立ちたいなぁ、やりたいなぁっていう所から始まったんですけど。
その思いが取締役陣に伝わって、ロゴのデザインとか内装を話し協議する会議に参加させて頂くようになり動き出しました。


真 
未来に向けた店舗を考える会議っていうのは、どんな感じやったんですか?




 
そうですねぇ(笑)、なんか新しい事をされるので凄い楽しそうだなぁっていう感じでした。
やっぱり店舗を出すという事は、初めての事なので、時間をかけて話してて。

私は何も解らない中、話に付いていってました。
私の存在っていうのを大事にして頂いていたので、これどう思う?って意見を聞いて下さったりしてました。


真 
そして本格的に木村さんは店舗担当に移っていくんですね?




 
そうです。
ここ(南船場店)で店舗が開くっていう事が決まっていましたが、私が初めてココに来た時は何も無い状態だったんです。
物件の中に入って、内装の話も一緒に立ち会わせてもらって。
そういうのが他の業務と並行しながら行ってました。
私も本当に素人だったんで。

当時、取引先の伊丹・カヌートリコがPS第一号だったんで、販売員として店頭に立たせてもらえないかとお願いしました。
私は当時、生野区の北巽に住んでたので兵庫県の伊丹市に通うのに2時間位かかってました(笑)。

2週間の中で7日間位、店頭に立たせてもらったんです。
その時の店長さんなんですけど、元々、雑貨屋さんでやってらっしゃった所を大抜擢され店長としてお店を見られてたんですが、私と同い年だったのでその姿が凄い刺激的でした。
他のスタッフさんからも慕われてて、何でも出来るなぁっていうイメージと、急に来た私に対しても凄い丁寧に接して下さって。
同世代ていうのもあって凄い親近感沸いて。
本当に色々教えて下さったんですよ。

自分の勤め先でない別の会社が店舗を出すっていうのに、色々教えて下さるっていうのは、凄いなって思ったんです。
どうやって、またどういう風に接客をしていけばっていうのが分からなかったんで色々教えて頂きました。
接客以外にも棚の配置や商品の配置、在庫の処理の仕方とかも教えて頂きましたね。


真 
そうですね、色々と初めてでしたもんね?


↑初めてRCブランドを展示会へ出展した様子。



 
全部一から作るってなるとどうやってやってんのかな?っていう所まで教えて頂いて。

そしてそのRCを出す展示会がありまして。
取締役陣、取引先さん、その当時は、企画部の福瀧さん、私も会場まで行きまして。
で、取引先さんと現場に立って展示会を体験させてもらいました。
場所は東京渋谷区の代々木体育館でした。


真 
初めてRCとして出展されたと。


 
RCのブランドとしては初めての展示会です。
店舗がオープンする前に展示会というのを経験させてもらいましたね。


真 
この南船場店の場所をお決めになられたのは?




 
私が入る前に、取締役陣が決められてました。
元々はアメ村※が候補だったんですよね。
心斎橋のアメ村の方に出す予定やったんですけど、予定が変わってそこで無くなって、で、アメ村とは違う方向(北側)の南船場になって。
その後にロゴとかコンセプトの話になるんですが、「南船場」って舟っていうからカヌーと掛けれて良いんじゃないかとか話してました。

(※アメ村・・・大阪市にあるアメリカ村の略称で、西心斎橋付近の通称。)


真 
なるほど。
地理と地名とブランド名と。
確かにそうですよね。
以前の取材で船場方面で探してたような事を塙阪専務から聞いた事があって。


 
何軒か候補は合って。
最終的にこっちになりました。


真 
店舗内を作っていくのはどうでしたか?


↑RC南船場店施工中の様子。


 
私模様替えとか凄い好きなんですけど(笑)。
ディスプレイどうしようとか、そういうのが凄い好きやったんで。
何もない所からこう作られていくのを振り返ると凄い面白かったです。
商品や備品等運び込まれて、備品を買いに行ったりとか。


↑黄色いソファ部分にレジを置く予定だった


本当は今あるレジの部分はカウンターで、奥側のこの部屋にレジがあったんですよ。
細長い店舗なんで、どういう活用方法するかっていうので、皆で考え悩みましたよね。
最初は街歩きに必要なものっていうので、靴以外に、音楽、グルメとかも考えました。
そういうインフォメーションの場を設け、情報提供の場を考えたりしてました。


真 
店内の什器は、どなたが決められたんですか?


↑RC南船場店内にディスプレイを決めている様子



 
その時は社外のデザイナーにお願いして決めてました。
その方が「こんな感じで」って、色々とイメージの図を広げて伝えて下さるんですね。
未だに憶えてるのが、前の入り口部分、コンクリートを塗り直したんで、通れないので入れないんですよ。






 
で、奥にある、この棚どけたら窓があるんですけどビルとビルの細い間を通って、その窓から入ってました(笑)。
色々と細かい所まで見てたのは憶えてます。
「特注のロゴマット、こんな感じで作りましょう」っていうのを紙で実寸でつくってくれて、それを広げてくれたり、もうちょっと大きくしようとか話合いましたね。
凄く憶えています。


真 
どんな感じで進んでいき、仲間が増えていったんですか?


 
えっと、まず店長を決める話なんですけど、まずメンバーが私しかいないっていうのがあったんですよね。
で、とある展示会の帰りに、皆でご飯食べようかってなって。
でも、「私が店長やります」「私店長やりたいです」っていうのをやった事も無いので言える立場じゃない訳じゃないですか?
なんか、薄っすら「誰がやるのかな、でもこの感じやったら私やるしかないのかな」って思ってたんですけど。
これから皆でやっていきましょうって周りが話してる中で「自分自身も何か重たいものを背負わしてほしい」と言った憶えがあるんですよ。

なんか凄い熱い話をしてたと思うんですけど。
で、「店長やで!!」って言われて。…で、暫定店長(笑)。




 
でも、メンバーは一人しかいなくて、どうしていこうかと、凄い思いましたね。
そこから、デリバリーの方のお知り合いでゆり子ちゃん(古賀)から手伝いたいという声を貰って、1番最初にゆり子ちゃんがメンバーに入りました。
そして後から仲間になる德重さんなんですが…。

今の社屋の2階にRCの会社を構えてて。
で、ゆり子ちゃんが新しく入って来るってなって、色々やりとりしてる中に、別部署で入社した德重さんが挨拶に来て、そこで初めて彼とは会いました。
なので入社日はゆり子ちゃんと德重さんは一緒で同期なんですよ。
真 
なるほど!


 
德重さんは昔に販売を経験されてて、っていう情報は他から聞いてまして。


↑RC南船場店の前でオープン記念の撮影をするスタッフ
左から木村、塙阪、高本、ゆり子ちゃん(古賀)



 
だからなんかあった時は彼に聞くと良いかもねみたいな事は耳にしてました。

で、いよいよオープン時。
店舗担当が決まってたのはゆり子ちゃんと私の2人。
そして、取締役陣が来てくれて。

最初にビラ配りをする事がありまして、企画部から色んな人が手伝いに来てくれたり本当に色々な方が交代で手伝いに来てくれてたんですよ。

そんな中で德重さんが2日連続で来たんですね、「あ~また来てるわぁ」って思ってて(笑)。
↑当時の德重。



 
なんでしょう、彼は見た目が、なんかこう優しい感じがあるじゃないですか。 
配る時とかもしっかり丁寧にしてて。 
そしたら高本社長と德重さんが入り口の外で喋ってて。
と、いうのを薄っすら見てたんですよ。

で、そっからうちの店舗に配属が決まりまして(笑)。


真 
店舗・德重さん、誕生ですね(笑)。




 
3人にはなりましたが休みは取れなかったから、毎週水曜日は定休日を取らせてもらってたり、応援が来てくれたりでまだ何とか休む事も出来てたんかな。
あんまり私もそこは記憶がない(笑)


真 
当時、新店舗オープンのPRを何かされました?


 
2013年4月10日にグランドオープンしまして。
レセプションパーティーとかした方が良いって教えてもらったので、「シャンパンとか出すのか、え、ケータリングは」とか(笑) ってなってて。
そんなことやった事なかったんで、レセプションパーティーっていう名前は変えて内覧会という名前にしたんです。
でも当時は「レセプションパーティーて何やねん」ってみんなでソワソワして(笑)。

その後グランドオープンへ進めていくんですけど、オープン前に関係者お呼びして内覧会やらさしてもらって。




 
で、あっという間にゴールデンウィーク(GW)がきて。
シフトをどうすんねんって(笑)。
3人で回すのか、3人でも回しきれるのか、初めての事なんで分からなくて。
社長がその時に、本社でGW入れる人を募って。
で、いっぱい集めてもらって。
本社から助っ人として出るから私達は休んで、と言われたんですね。
有難いなって凄い思って。
休んでないからって言って頂いて凄い嬉しかったんですけど、ただ、これってGWって書き入れ時で、そこを私達が休むのは有りなのかとちょっと思っちゃいまして。
そんな書き入れ時にメンバーじゃないっていうのは私自身、嫌やったんですね。
助けて頂くっていうのも有難くて、それが当たり前なんですけど、外された方はどう思うかなっていうのは正直思った所で。
なのでなんとかそこは、助っ人の手も借りながら、ゆり子ちゃん、德重さんのお休みも作りつつ回してって感じでした。


真 
三人で無我夢中にやってらっしゃったんですね。


↑右側が当時の木村



 
当時は色々と心配でしたよね。
まずチームとして出来上がってる状態でなかったので。
真 
3人のチームワーク的には、どんな感じだったんですか?


 
最初は私、凄い怖い立場だったと思うんですね。
これやって!あれやって!と、指示をだす立場なので。
「なんでやってないの?」「なんで出来ないの?」って普通に言っちゃってたんですよ。
凄い有難かったのが、そこで「こうやって欲しい」って言った時に、ゆり子ちゃん、20歳そこそこの子が「はい、頑張ります」って嫌な顔せず言ってくれるんです。
嫌な顔しないんですよね。
不安な所あるかもしれないんですけど、凄い受けてくれるんです。
凄いフォロワーシップ※がある子で。
凄い有難かったなぁって憶えてて。
德重さんも販売経験があって、元々RCのサンダルも取り扱ってくれてたみたいで。
私からしたら、なんかもっと意見貰えるのかなと思ってたとこもあって。
でもそこは私が店長やからっていうのを凄く尊重してくれてて。
なので、良いフォロワーに凄い恵まれてたなっていうのが未だに思いますね。

※フォロワーシップとは?
リーダーを主体的な働きかけにより支援する補佐の事。




 
プライベートで仲良くご飯行ったりとかはなく、仕事ばっかりの関係で、厳しくしてた時期で。
あの時、「こうでしたよね」って今やったら笑いながら話するんですけど当時は言えなかったと思うし(笑)。
必死にやってる姿を見せてくれるのが有難かったんです。

私も高本社長だったり自分の近しい人が休日出勤されてたのも知ってたし、何かをやり遂げるために凄い必死になってやってる姿を近くで見てるとその背中を追いたいなって思ったので、なんかそういうのが受け継がれていってるなぁっていう事を思いますね。


真 
初めての直営店運営はどんな感じだったんですか?


 
最初は、身内需要があったんで、買って頂けるんです。
売り上げのベースが全然分からないから何処までって分からないんですけど、プレオープンの時に予想以上の売上がとれたんです。
それ位とれたら良いのかなぁって思ってたんですけど、その後やっぱりだんだん下がっていくんです。
当時はもうRCって一切浸透してなかったので、やっぱり何屋さんか入口だけ見たら解らないだったり、見た事ない靴だったりで、だんだん売り上げが下がりましたよね。

当時、売上最低金額を出した日があって、それが私が休みだった日だったんです。
で、次の日に、「1日何をやってたの」と言ったのを憶えてます。
「最低金額やぞ」と。「これは死守せなあかん」と。
っていう事を2人に強く言ったと思います。
そっからその金額以下は出してないです。
私達の時代は、やっぱり売り上げをとらないといけないっていうのがあって、その金額で満足してたあかんっていう事を常々思ってました。


真 
売上以外に大事にされてた事憶えてはりますか?




 
そうですねぇ…。
大事にしてた事は、自分に出来る事とか、店長ってなんだろうって思った事があって。
今まで自分で考え行動するって大事にされてたと思うし、意見も聞いて頂ける事が多かったんですけど、会社から「店長ってこういうもの」っていうのは教えられてないんですよね。
こういう店長になりなさいもなければ、試験もなくて。
こうフワっと暫定店長。
真 
お人柄もあったんではないですか?


 
(笑)。
店長になって、ある方に教えてもらった「パズルと一緒で、自分一人だと完成しないけど、色んな人のパズルの形が組み合わさったら完成する」っていう話があったんです。
その話を思い出したんですよね。
私、凄い接客上手かって言われたら、そうではないんですね。

後、大事にしてるのはお客さんと何処まで楽しく話せるかっていうのがあって。

商品だけの話をする人って凄い嫌で。売りにかかってるのが嫌で。

そういうのもあったんで、お客さんの話とか、商品だけじゃない、色々の話、そういうのも大事にしてました。




 
商品履いてもらった時に、足に合ってなかったら、「それは合ってないですよ」、うちの商品って独特なので履き方からしっかりフィッティングするんですけど。
履いてもらった時に、重たかったりとか足を痛めてしまってお客さんは「このサイズで大丈夫」って言われても、歩いてもらって、「見る限り今は良くてもこうなりますよ」とか合わない事は合わないってハッキリ言わないと。
後々残念な思いするのはお客さんなので、そこはハッキリ言うようにはしてました。
真 
もしかしたら、売り上げが欲しかったらちょっと合ってなくても、お客さんが納得してたら良いかって思う人もいるかも…と思うんですけど。


 
うーん。なんですけどね。
その天秤はいつもこう、かかるんですよね…。
どっちが良いかなぁって。

でも、正直に話す事によって、お客さんとの信頼関係が生まれて、「この子、正直に言ってくれてる」って分かるので信頼してもらえるんですよ。

「だったらこっちの方が合います」って言う方が伝わり易いというか。
実際足に合ってますし。

お客さんとの関係が出来てますので、その方が売り上げにも繋がるかもしれませんし、ハッキリお伝えするっていうのは対面接客の中でも関係性作るっていうのが1番大切だと思うんで。




 
木村さんの想いっていうのがお客さんに通じてたり。


 
未だにやっぱり、顧客さんでも私の時代から来て下さってる方もいらっしゃったりします。

なんで、そういう方を見かけると凄い嬉しいなって思うんです。

声かけるのも憶えてなかったら申し訳ないので、横目で見てます(笑)。
色々、話してる時に、凄い仲良くなったというか、気に入って頂いたお客さんから「この子私の娘やねん」って、私の事を旦那さんに紹介してくれたり(笑)。
凄い嬉しいですよね。




 
なんか私に会いに来てくれる人もいると思うんですけど、ただ私だけに会いに来るじゃぁ店舗として成り立たないので。
私自身は接客は下手な方だと思うんですね。
言葉遣いも丁寧に出来るかといったら…。
その分販売歴の長い德重さんは凄い丁寧に接客されていて。
私が接客1番じゃなきゃいけないとか、私がこの店舗の事1番知っておかなきゃいけないとか、なんでも1番て、思ってたんですけど。
よくよく考えたら、さっきのパズルの話で、この人が出来るんだったら私は違う、私の出来る所を探すというか。
接客が1番じゃなくても私は良いかなと。
うちにはエースになるゆり子ちゃんがいて、接客上手な德重さんがいてくれて。
そのスタッフの環境をしっかり整えたりとか、働きやすくするのが店長じゃないかなって思ってました。




 
店長やっていく中で、自分が1番じゃないとってなってたんですけど、そうじゃないなっていうのは最終的に思った事ですね。


こう見られたいとかはあっても、見られた所で何がその先にあるんだろうと思うと…。
場所が変われば人も変わるし。
やっぱり店長として!みたいな、変なプライドを背負って、私も良く見られたいって思ってたんです。
店舗担当になりゼロから色んな事をさせてもらえたっていうのがすごく大きくて。

じゃあゼロからってなった時、全部一人で出来ないんですよね。
で、店長の立場になった時に色んな人に指示を凄いして。
自分でやる事を負担とは思ってなく、やりたかったからですが自分が動いてると早いんですけど、結局なにも進まなかったです。

でもメンバーがいるのに活かし切れてないのは店長の責任やとは思うんです。




 
凄い良い人材が二人いるのに、っていうのを凄い思ったら、自分一人じゃなにも出来ひんくなって、プライドズタズタにされたんです。
本当に、凄いちっぽけで。
それは店長になってからやと思います。
プライドなくても、売上をとるっていうところ。
そんなプライドは要らない物かなって思えたかもしれないです。






▼木村モデル:CJFG1104

▼真田モデル:CJFS6918

 


▼今回取材した場所はコチラ▼
リゲッタカヌー南船場店









vol.2へつづく


次回、リゲッタカヌー中崎町店へ!
○○の決め手って…!?






全体企画・構成・
インタビュアー・編集:
真田 貴仁

ライター・カメラマン:
中河 有紀子

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