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ミニッシュ広報部

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福瀧賢一が語る、ミニッシュでの歴史。vol.2

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2018年3月15日に創業50年を迎えた有限会社シューズミニッシュ。

初期は家族経営で会社を運営。

そこに一般応募で入社した社員福瀧賢一

シューズミニッシュで過ごしてきた年月を広報部 真田が全2編に分けてご紹介します。

 

 
それでは、引き続き私(以下 真)がインタビューを行いたいと思います。

真田 貴仁

福瀧 賢一
企画部 福瀧(以下 福)です。よろしくお願いします。
 
 
2011年の4月に専務だった高本やすおさんが社長に就任されました。
社長に就任なさった時は福瀧さんの思い、社長と専務の時と違うものがありましたか?
いや、なんか呼び名が変わったみたいな(笑)
 
 
それまではなんとお呼びになられてたんですか?
「専務」って言ってました。
そこから(高本やすお現社長に)「お前ら社長って呼べよ」って言われて。
「社長!社長!!」って向さんと。

(福瀧・向)「社長!」(社長)「やめろよ!(笑)」っていう。
最終、「しゃちょ※」になりました。

(※「社長)が堅苦しく嫌だそうで、「う」を取ってひらがなの「しゃちょ」と柔らかい表現になりました。)
 

写真:シューズミニッシュの現本社
 
そして2012年11月に新社屋、ここ(現在の本社)に場所が変わりましたがどういうお気持ちでしたか?
もう「場所が変わる」という位でしたね。
場所変わってもやることは変わらないので。

その2012年当時は10月にシューズエキスポ※に出展するっていうのがあったんでそっちのほうに精神が持っていかれてましたね。

(※シューズエキスポ・・・国際シューズEXPO。春と秋に開催される。)
 
 
それはどんな事をなさったのですか?

写真:当時福瀧がデザイン考案したシューズエキスポ出展ブース
そうですね、この時初めて什器からなにから考えて、レイアウトを任されました。

当時、新社屋の内装をやってくれてはった人がいたんで、その人らにデザインだけ伝えて作ってもらうっていうのをやりました。
ずっと一人だったらどうしようも出来ひんでっていうのはありましたが・・・。

その他小道具系とかは自分で製作していましたね。
その辺の石拾ってきて石1個1個にペンキで色付けるとか(笑)
 
 
シューズエキスポでは、なにか目標みたいなものはあったんですか?
これぐらいの人を呼び込みたいとか名刺を何枚他社と交換したりみたいなそんな明確な数字はなかったんです。

(高本やすお現社長からは)「とりあえずやってみい」っていう感じやったんです。
それ以外にサンプルから何からやらせてもらいました。
自分なりにこう見せたほうがいいんちゃうかなぁていうのを、試した会でした。
 
 
どんなことをお考えになられてお試しになられたんですか?
そん当時、それまでの展示会っていうのは、大体棚に(商品を)置いて芝生ひいて、みたいな感じやったんです。
そうなると、「見せ方の表現」っていうのが、棚と芝しかない。
他の地面とかアスファルトであったりとか、岩ゴツゴツしたのであったりとか芝であったり砂であったりという、各シチュエーションみたいなものの表現がこれでは一切できひんなあって思いまして。

それで、箱の什器を16個作って、それぞれのフィールド、芝やったら芝、砂やったら砂、石やったら石、木いやったら木。
地面をその(什器の)上に表現して行って、そこに合うサンプルを置いていく。
こういったフィールド(場所)でうちの製品使って下さいみたいにしたくて。
ビーチ系のデザインだったら砂のとこ置くとか、それがもう芝と棚しかなかったら表現しようがないじゃないですか?
なのでそういうのを表現したいなと思い作りました。

一番その展示方法に影響を受けたのは高本やすお現社長の義兄の会社のショールームに、棚というかボックスが置いてあって、その上に商品が置いてあるっていうのを見たんです。
1個1個際立つ置き方をしてはったんですよ。
それに対して、地面っていうのを用意したらどんな風に見えるやろうっていうのを考えてやっていました。
 
 
出来上がった時の満足度っていうのはどんな感じでしたか?
それなりにありましたよ。 結構、ブースに入ってくれる人が多かったですね。

で、「全然関係ないんですけどこの展示の写真撮ってもいいですか」って言ってくれる人もいてはったんで、そんなに、掴み悪くなかったんかなぁとは感じました。

今までにない関係者と言うたら、スポーツ関係の名刺交換もそん時出来たっていってはりました。

当時のブース写真あるんですよ、作ってる時もありますね。 これが作ってる時の。

個人的には、この芝をほんまはフローリングにしたかったんですよ。・・・ほんまはね。
なら、緑も目立つかなと思ったんですけど。
ここは高本やすお現社長の考えがあったんで芝にして。

次回以降、そういうやり方もええかなっていう気持ちでやりました。
 
 
2012年は新しい仲間が増えたそうですね?
はい。美咲さん(井筒谷)、ザッカー(石坂)、おかき(岡崎)、キム(木村)。 今の主要メンバーですね。
 

写真:リゲッタカヌー南船場店
 
なるほど。 そして2013年なりまして、直営店リゲッタカヌー南船場店が4月にオープンに。
福瀧さんにしたら2005年に入って8年目ですね。
靴の製造メーカーが直営店を持つっていうのは珍しいと思うんですけど、どんな心境でらっしゃったんでしょうか?
準備も結構バタバタで、ソワソワしましたよね。
最終オープンの直前位になんか大画面のモニターに映像が映らへんっていうようなアクシデントも。(笑)

どれが売れるとかではなくて、お客さんがどういう感想を持ってるかっていうのを知れる場ができたっていうのがおっきかったかなあて感じました。
最初の方って結構企画とかも店舗のヘルプでお手伝いに行くこと結構多かったんですよ。

そこで、お客さんが自分とこの商品を履いてどういう感想なのかを知れる場って企画してる側からするとないんですよね。

なんとなく、商品レビューとかでテキストで見ることはあっても生の声聞くことはないんですよ。
「うわあ!」ていう、驚いてくれたとかみたいなんはそこでは全然分からないじゃないですか。 それが生で聞ける。
で、履く上でどこに不満を抱いてるとか。

履く瞬間を見ることないんで、どこで履きやすいって感じるんか、どこで煩わしいって感じるんかが人によってどれだけの差があるんかっていうのかを知れる場が出来たっていうのはおっきかった。

そこについて考えることができるようになったのはあるかなと思います。
 
 
なるほど。店舗ができた時くらいに、いまやってらっしゃる社内プロジェクト ミニッシュマネジメントチーム略して「MMC」とかってできるんでしょうか? MMCのみなさん誰も覚えてなくて(笑)
どうでしたっけ?自分もはっきり覚えてなく・・・。
どこからがそうなんか覚えてない。
フワフワフワフワ~って固まっていく感じだったんですよ。

LINEで「MMC」って言い始めたやりとりで「Teamチームなんだから頭文字はCじゃなくてTやろ!?」っていうやり取りがあったんですよ(笑)
それが履歴で出てくるかなあと思ったら出てこない(笑)
それがMMCができた時期なんですが。

MMCは社長がその時の各部の長的な方やリーダー的な方を呼んだり来てほしい人に声かけていって、その人達が長になっていったんですね。
 
 
そして2013年から2015年は色んな展示会に行ってらっしゃるんですね。
はい、こん当時あれですよね。東京で開催するIFF(ファッション祭典。2014年は東京で開催。)に参加したり、イタリアの展示会やスペインへの市場調査、ドイツで開催されるGDS(国際靴&雑貨見本市)っていう展示会なんかを見に行ってます。
 
 
さて2015年は8月に試算会議や12月に自己評価の1回目がスタートしています。
今の会社の基本になるようなアクティビティな行事が増えていってるんですよ。
合宿はどこからを合宿っていうのかっていうのによるんですけど。
結構前からやってるんですよね。

大体1泊2日で、ホテルでやるときもあれば合宿をやるような施設でやったこともあります。
 
 
僕は入らしてもうた時に人間ファックス※っていう、「人に伝える」そして「聞き取る」というアクティビティに共感を受けまして・・・。

(※人間ファックス・・・人が伝え、それを聞き、そしてそれをまた人に伝えるという伝言ゲーム)
あざます。自分がやったやつですね。

ゆってるのと感じてるの全然違うぞ、受け取れてるかどうかわからへんぞっていう。
話す側が伝えたい事ってキッチリ100%受け取る側に伝わるわけないぞっていうのを可視化したかったんです。
全然うまくいかないんですよね。

それが、分かりやすいアクティビティはなんやろなっていうのが「人間ファックス」でした(笑)
 
 
そして2016年。2月から8月まとめるんですけども、オリジナルのリゲッタカヌーサンダルが作れるワークショップ「レッツリゲッタカヌー」が社内開催から始まっていきます。
発起人は高本やすお現社長です。
元々他社の「たらこ、つくろう。」という食のワークショップの体験しはってからのものやったんで。
うちでもこういうのやりたいってずっと高本やすお現社長がゆうてはったんですよ。

それで「やりましょ」ってなりまして。
担当決めは挙手制だったので手を挙げたと思うんですよね。
「全国でやりたい」っていう目標が当時ありました。元々まだ内容自体が最初始めたときって「ふわっ」としてたんで。
僕も「たらこ、つくろう。」に参加させて頂き、体験してなんとなくのフワーってしてたのがちょっとキュッってなって固まってきて(笑)
「こういう流れでやっていこう」というのんが生まれました。

そういえば今開催しているものって最初に比べると体験する内容を大分削ってるんです。
(サンダルのパーツを)全部生地から手作業で裁断をせなあかんとか、2日位かけんと無理な内容やったんですよ(笑)
 
 
当時目標設定してたりとか、少しずつ内容変わっていってたり、福瀧さん、向さんの企画部2人が中心なのかなって僕なんかは拝見してて思うんですけど?


中心とかはおもってないんですけど・・・。
参加して下さった方はもちろん良い感じで喜んで帰ってはくれていると思うんです。

只そっから先をどう繋げていくのかっていうのがまだちょっと出来ていないんです。
僕らも少人数ずつしかできないっていうのもある。
通常業務がある中でも準備をせなあかんので、今の所1回の開催(1か月2回開催)で25人くらいが最高で。

今年は未だ合計200~300人くらいの方に参加頂いて様子見です。
 
 
福瀧さんにとって現状どう捉えていますか?
うーん。ワークショップの勢いの所で言うと、牛歩な感じになっちゃってるんですよね。
それがどうやったら勢いづくんやろうっていうのがね・・・。
メディアや、テレビとかで取材されるようになってきたら、そらちょっと変わってくるのかもしれないのかなとも考えてます。

まだ見えないんですよね、どこが成功と完成になるのか。 ていうところですね。
 

「リゲッタのすべて」:高本やすお現社長が手描きで完成させた冊子。
 
なるほど。 同じ時期にリゲッタへの想いを書いた冊子「リゲッタのすべて」が出来上がりましたが、ご覧になってどうでした?
自分からしたら普段から聞いてることの塊だなーと思ってました。
内容は、復習みたいなかんじですね。
 
写真:リゲッタカヌー×手塚治虫ワールドコラボサイトトップページ画
 
で、2017年に手塚コラボがありました。
お話しがあったときどんな感じでしたか?
手塚治虫コラボか・・・!って。
確かあん時って社内で誰かが「手塚コラボ・・・できるかもみたいな。」言ってて。

「社長どう言いますかねえ」「いやでも手塚治虫さんやったら社長やるっていうんちゃう?」みたいな感じのことを社内で話してました。

ニッチすぎる感じの漫画とコラボゆうんやったら多分躊躇しはると思うけど、社長も好きな手塚治虫さんやったら「やりたい」って言いそうだなと。
自分的には手塚治虫さんと話しがあんねんや~みたいな感じで・・・。

手塚治虫さんの作品はブラック・ジャックと、どろろ、火の鳥を読んだことがあってそんな漫画の神様とコラボって。 すげえなあって。
 
 
今第2弾も販売して、好評のお声がツイッター(リゲッタちゃんねる:Twitter Facebook Instagram)にも届いてて、喜んでくれてる人がいるっていうのはすごい有難いなあと。
手塚コラボについて書いてくれたブログなんかもあって、そういうことをやっていただけると尚更嬉しいですね。
ありがたいですねえ。

自分は色々、カードのイラスト案やクリアファイルイラストの原案の絵、商品箱、リーフレットなんかのデザインもしまして。
あれの許諾申請を手塚プロダクションに送ってるていうのも恐れ多く・・・。

やっぱり(手塚プロダクションと)絡んだっていうのがねえ。嬉しかったですね。
 
 
すごいですよねえ。 画という部分では、唯一、社長以外で福瀧さんしか絡んでませんので。
みんな作ったり、職人さんももちろん製品では絡んでますけど。
 
なんでも作れますよといわれたら、どんな靴を作ってみたいですか?
今もう社長がもう福瀧さんに任すわ、なんでもいいよと。 これ夢もあっていいので。
なんでもいいよっていわれたら・・・。

ほんまに月並みすぎますけど、空を飛べるのとか。 水面を歩けるとか。 そんな感じですね。

なんかでももう靴の領域じゃないよなってなってきますけどね(笑)
足にドローンついてるみたいな感じになるんでしょうね。
 
 
なんか武器的な(笑) 福瀧さんやったら作れそうな気がするんですけど。
人集めなあかんかあ・・・(笑)
 
 
次に、将来こんな風になりたいなあといった、思い描く像みたいなんてあられますか。
なんでしょうね。 そんなジャンルに囚われない所があるんで・・・。

その時その時こうなりたい、これができるようになりたい。 これがほしいとか。 そういう感情がわいてくるんで。
なんでしょう。そん時それができる力を付けときたいなっていうのはありますけど。

結構行き当たりばったりな所がすごい多いんですよね。 自分自身が(笑)
 
 
2005年からミニッシュに勤めて下さって2018年で13年。
だんだんとメンバーも変わったり新しい顔が増えてきて、これからもどんどん増えていったりするんじゃないかなあと思うんですけど、この会社どうしていったろ、こうなっていきたいなっていう思いってあられますか?

自分は会社が大きくなろうが、それこそ縮小しようが、理念の「楽しく歩く人をふやす」っていうところを大切に考えてます。
心の指標は変わらないかな。

「歩く」がもう靴の歩くなのかなんか別の意味での「歩く」なのかはその時々によって変わっていくのかもしれないですけど。

理念を大事にしていきたいという思いはありますね。
 
 
社内で作って下さったものが多く、この部屋(開発室)も福瀧さんが考えられたんですか?
こうしたいっていう高本やすお現社長のデザインですね。
でも壁紙とか貼ったのは、社長や自分、そんときおった仲間も含めてやりました。
 
 
開発室は撮影のときによく使わせて頂いて、大活躍していますよ。

また、「無いを見つけて無いなら作る。」 これは福瀧さんがお考えになられた会社の「ミッション」の一つなんですけど、この「ミッション」が生まれた何か原因っていうのはあったんでしょうか。

(※リビミコ・・・理念、ビジョン、ミッション、行動を略した造語。)
なあんでしょうね・・・最初理念作るってなったときに、それぞれが1人で理念を考えてくるっていうのがあったんですよ。
そんな中で自分が出した案が、最後まで消えなかったっていう。

考えた理由っていうのはまあ、まんまで、すよね。
無いって言われたらそこであきらめるんでなくて、それをどうにかする、どうにかして作るっていうのを考えてこそ、新しいことが出来るし。というの考えていました。
 
 
社内のメンバーに一声かけるとしたら?
うわあ(笑) うわあ(笑)
むずかしい・・・・・・・・・・・・・。 全然出てけえへん・・・・・・・・・・。 言葉ねえ・・・ううん・・・ 自分自身は激ユル(激しくユルイ)なんでねえ・・・。 性格が・・・。

でもなんか社長とこの言葉良いなあってゆうてるのはあって、「ねだるな勝ち取れ」ですね。
 
 
もういっかい!!

『ねだるな勝ち取れ!!』

エウレカセブン※っていう漫画の中に出てくるんですけどね。 社長はパチスロで知ったはずですけど(笑)

あの言葉はいいなあ。 ねだるんじゃなくて、自分で勝ち取れ、ほしいなら自分で取りに行け、っていうとこが好きですけどねえ。
勝ち取れと。

・・・ユルユルなお前が言うなって感じですよね(笑)

(※エウレカセブン・・・漫画「交響詩篇エウレカセブン」のこと。原作はBONES。著者は片岡 人生、近藤 一馬の共著。全6巻。)
 
 
いえいえいえ!
あ、そこまで入れといてください。

ねだるな勝ち取れ!・・・お前が言うな!

っていう。(笑)
 
 
(笑) 有難うございました。
以上でございます。

 

今回の取材で2人が履いている商品

福瀧着用モデル:CJFC7112

  

真田着用モデル:CJBF5137

  

 

Vol.2終了

Vol.1を読む

 

 

全体企画・構成・インタビュアー:真田 貴仁

ライター・カメラマン:中河 有紀子

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